top of page

それから毎日CDが擦り切れるくらい聴きに聴きました。

 ワタクシは英語が全く話せないため、ただただ耳で覚えてッスンに通いました。

 

 おこがましいですが、レッスンの先生には初日から「坂田さんは凄い感受性とセンスと何処にもない声と美貌を持ってるから仕事も入るやろうし、いい歌うたうシンガーになるわ」と言って頂いておりました。

 

 とにかく先生のライブに通いまくりました。そこで色んなミュージシャンを紹介してもらい、気に入って頂き「まず15曲覚えてライブをしよう!」と言って頂き、まだレッスンに通って1ヶ月も経たないうちに初ライブをすることに。

 

 1週間で死物狂いで15曲覚えました。

 そしてトリオでの初ライブ。

エンディングという意味さえ分からないまま声を張り上げるだけのパンク歌手のようでございました。マスターにはお説教されるわ、打ち上げを終えてメンバーに車の中で3時間くらいお説教されるわで・・・それはそれは。。。。

 でも、それから毎月毎月、ありがたいことに、今の今まで仕事の依頼が途切れることなく、私の歌とステージングはレッスン場で鍛えられたものではなく、ただただ現場で鍛えられました。

 

 

 間もなくお話を頂いた北新地のクラブでのレギュラー。歌より容姿端麗が条件でした。それはそれはおじ様ミュージシャンからは可愛がって頂きました。

 

 しかし、まだまだエンディングって何ですか?って状態の歌でしたので、お客様からのクレームの嵐。ホステスさんからは意地悪されまくり、歌ってる最中にわざと水割りを顔面にかけられたりと、大分に鍛えていただきまた。感謝です。

 

 その後、JAZZクラブなんかのお話も頂き、関西を代表するJAZZハウスでのレギューラー頂きながら、難波スイスホテルスカイラウンジTavola39が、今までに無いパフォーマンスをしてくれる専属歌手を探しているという事で、私にオーディションのお話がきました。

 

 その頃の私のステージングはすでに、JAZZ歌手だとかの次元を超え、賛否両論の、歌いながらおじさまイジリでお膝に乗ったり、ただただ女を売りにしたステージングに定着しておりました。

そんな最中のスイスホテルでのオーディション。フランス人のGMからはすぐにOK頂き、即採用となりました。

初めての高級ホテルでのレギューラー。訳も分からないまま、演じ続けました。

時には日本人、外国人のお客様関係からの猛烈なアプローチ。

bottom of page